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『私にとって操体は宝の地図である最終日』

平成24年の最初の一週間も今日で最終日。

今日は1月7日は「若菜の節」といわれる七草の日である。

恥ずかしながら私も年末の忘年会から正月、そして新年会と

飲めや唄えの大騒ぎで少々食傷気味でげんなりしている。

そんな人のために野草である七草

ゴギョウ

ハコベラ

ホトケノザ

スズナ

スズシロ

セリ

ナズナ

を炊き込んだお粥を食べるという習慣があるなんて

昔の人もやはり年末年始は暴飲暴食をしていたのであろうか。

食べることは快感覚を持っているため、私たちは食べることでも

栄養を補給するだけではなく、「癒し」や「治し」を受けることができる。

しかしどんなに美味しいものだからって食べ過ぎてしまえば

必ず不快感が訪れる。「快極まれば不快」である。

腹八分目で済ませていれば不快な思いなどする必要はないのだが

美味しいものはつい欲張って食べ過ぎてしまう傾向がある。

操体では歯の本数に合わせて食べ物を選ぶ様にと指導する。

「肉食用の歯は、動物の牙にあたる犬歯、糸切り歯ですが、人間には4本しかありません。

全歯28本中4本、すなわち7分の1に当たります。1週間に1回肉を食べてもたいした害に

ならないと思いますが、野菜食様の前歯はその倍の8本もあるのです。肉を食べたら、

その倍も野菜を食べるならいいが、肉ばかり食べて野菜を嫌うならおかしいとおもいませんか。

スキ焼料理なんかはなかなか合理的ですね。」橋本敬三 万病を治せる妙療法より 抜粋

良かった私はスキ焼大好物である。いやそんな問題ではない。

最近は健康志向の高まりから、マクロビオテックやベジタリアンの方向けのカフェや

レストランが福岡にも増えてきている。しかしひとつ疑問に思うことがある。

「健康食を売りにするお店は値段が高いのか?」勿論需要と供給のバランスで

おのずと値段が上がっていまうのかもしれないが、なんとなく健康食ということで

プレミア感を演出しているのではないの?と勘繰りたくもなってくる。

「私たち日本人は健康になるなら米を食え!」と島根の福田副実行委員長

が叫ぶ声が聞こえる。余談ではあるが、良く漫画で登場する骨付きの肉を一度食べてみたいと

思うのは私だけであろうか?

『私にとって操体は宝の地図である6』

私は怖がりで弱虫だ。これにかけては自信がある。苦しみや悲しみ、恐れや怒り、貧困や飢餓など生きるための苦悩から逃れるすべを探している。操体をやっていればこれらの苦悩から解放されるのかと云うと勿論そんな簡単な話ではないのであるが橋本敬三医師は「この世は極楽だ。」と書き残しておられる。私などまだこの世に生を受けて40年にも満たない若輩者であるから私の倍以上の人生を全うされた先人の言葉を疑う余地などありはしない。極楽に生きていられるのに、苦悩を感じているのは自分自身の生き方に何か問題があるのに違いない。問題があるということは私の生き方が自然法則に反しているということだ。操体はこの生き方の自然法則を私たちのからだを通して実感させてくれる。先程も書いたが私は臆病者の弱虫なので、健康的に平和に、安心して、幸せに暮らせるように自然法則に則って生きていくために操体という生き方を選択しているのかもしれない。良く患者さんや、知人から「先生は健康のために何かやっとーとー?」ときかれることがある。特別にやっているということはないが、操体から離れないように意識し続けていること自体が最上級の健康法でもあるので、大概はそこから操体の説明が始まってゆく。操体の話をして興味を持つ人、持たない人様々だが、その中の一握りでも興味を持ってくれると嬉しい。どんな免許や学問でもそうだが、免許を取った、試験に合格したといってそれ自体には大した意味はない。一生懸命試験勉強をしましたという栄誉が貰えるくらいであるが、その免許や資格を使って実践していくことによって初めて意味がでる。臨床で使うもよし、自分自身の健康管理に使うもよしいつも私の一番近くに操体がいる。それだけでも少し安心できる気がする。やはり怖がりの私にとっては生活必需品に間違いない。

『私にとって操体は宝の地図である5』

ブログも中盤4日目ともなると前半の内容だけではどうしても煮詰まってしまう。カレーも3日目位ならちょうど良い頃合いだとは思うが、4日目ともなるとさすがに飽きてしまう。ここで『橋本敬三論想集 生体の歪みを正す』を開きページを捲ってみる。この本は橋本敬三医師が書き留めた手記を一冊の論想集としてまとめたもので、1987年(昭和62年)に初版が刊行されているが、それ以前に出版された橋本医師の著書にも収められた文章も多く大変参考になるので、是非読まれることをおすすめする。しばらくは絶版の状態だったようであるが、一昨年にオンデマンド版として再販されている。また絶版にならないとも限らないので買うなら今である。

その中で今回目が止ったのは昭和47年の1月8日の「日本医事新報」に掲載された『医学教育』という文章だ。このなかに 

”親は子を生んで育て、子は親に産まれて育てられる。自然は人を生み、人は自然に育てられている。親心もわからずに屁理屈言ってもはじまらない。親心、それは自然法則以外の何物でもない。自然環境のなかで生命体がそれに適応することが生命の使命なのだ。”

という一文がある。そしてその自然法則というものは、突き詰めて行くと「呼吸」「飲食」「身体運動」「精神活動」という4つの営みに集約され、それぞれに自然法則が存在し、それぞれが同時相関相補連動性になっており、4つのうち1つでもその法則に反することがあれば、生命体は破壊に傾いてくるが、同時に4つのうち1つでも法則に則って生活してゆけば、その他のバランスも整ってくるという有り難いシステムが存在している。

先程の橋本医師の文章に次の様にも書いてある。

”精神活動が法則に背反すれば環境破壊もする”

どうしても私達は自分たちの都合の良い様に、自然環境を適応させようと躍起になる。冬寒いと必要以上に暖房を強めてしまうし、日が沈むと不自由だからと深夜まで煌煌と明かりをともす。それで電力量が足らないといって嘆くのだから本当に始末に負えない。知人に某電力会社の社員の人間がいる。その人は電気を作る会社に勤務しているのであるが専門は地球環境工学、地球環境を壊さないように快適に生活するにはどうすれば良いのかということを機会があるたびにレクチャーしてくれる。話は横道にそれてしまったが、現在まで社会の歩んで来た道のりは、生めよ増やせよという生産活動が主体の大量生産・大量消費が社会・経済の柱になっていた。人間で言うなら交感神経優位の過緊張状態で進歩して来たとも言える。その代償として病気の90%がストレス性疾患とまで言われる様なストレス社会を形成するに至った。橋本医師は広く医学会に健康社会建設の必要性を切々と説いて来た。しかし40年経った今の状況がこの有様であることを考えるとあまりその分野では進歩がなかったと言わざるおえない。今年は2012年奇しくもニューエイジ好きの私にとっても大変興味深いアセンション(次元上昇)年です。以前畠山常任理事のブログ中にも登場したが物質中心の西洋思想から精神世界中心の東洋思想へのシフトチェンジも進んでくる。私達はどのような2012年を過ごすのか。とても興味深い1年である。

『私にとって操体は宝の地図である5』

ブログも中盤4日目ともなると前半の内容だけではどうしても煮詰まってしまう。カレーも3日目位ならちょうど良い頃合いだとは思うが、4日目ともなるとさすがに飽きてしまう。ここで『橋本敬三論想集 生体の歪みを正す』を開きページを捲ってみる。この本は橋本敬三医師が書き留めた手記を一冊の論想集としてまとめたもので、1987年(昭和62年)に初版が刊行されているが、それ以前に出版された橋本医師の著書にも収められた文章も多く大変参考になるので、是非読まれることをおすすめする。しばらくは絶版の状態だったようであるが、一昨年にオンデマンド版として再販されている。また絶版にならないとも限らないので買うなら今である。


生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

作者: 橋本敬三
出版社/メーカー: 創元社
発売日: 2010/08/25
メディア: 単行本
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その中で今回目が止ったのは昭和47年の1月8日の「日本医事新報」に掲載された『医学教育』という文章だ。このなかに 

”親は子を生んで育て、子は親に産まれて育てられる。自然は人を生み、人は自然に育てられている。親心もわからずに屁理屈言ってもはじまらない。親心、それは自然法則以外の何物でもない。自然環境のなかで生命体がそれに適応することが生命の使命なのだ。”

という一文がある。そしてその自然法則というものは、突き詰めて行くと「呼吸」「飲食」「身体運動」「精神活動」という4つの営みに集約され、それぞれに自然法則が存在し、それぞれが同時相関相補連動性になっており、4つのうち1つでもその法則に反することがあれば、生命体は破壊に傾いてくるが、同時に4つのうち1つでも法則に則って生活してゆけば、その他のバランスも整ってくるという有り難いシステムが存在している。

先程の橋本医師の文章に次の様にも書いてある。

”精神活動が法則に背反すれば環境破壊もする”

どうしても私達は自分たちの都合の良い様に、自然環境を適応させようと躍起になる。冬寒いと必要以上に暖房を強めてしまうし、日が沈むと不自由だからと深夜まで煌煌と明かりをともす。それで電力量が足らないといって嘆くのだから本当に始末に負えない。知人に某電力会社の社員の人間がいる。その人は電気を作る会社に勤務しているのであるが専門は地球環境工学、地球環境を壊さないように快適に生活するにはどうすれば良いのかということを機会があるたびにレクチャーしてくれる。話は横道にそれてしまったが、現在まで社会の歩んで来た道のりは、生めよ増やせよという生産活動が主体の大量生産・大量消費が社会・経済の柱になっていた。人間で言うなら交感神経優位の過緊張状態で進歩して来たとも言える。その代償として病気の90%がストレス性疾患とまで言われる様なストレス社会を形成するに至った。橋本医師は広く医学会に健康社会建設の必要性を切々と説いて来た。しかし40年経った今の状況がこの有様であることを考えるとあまりその分野では進歩がなかったと言わざるおえない。今年は2012年奇しくもニューエイジ好きの私にとっても大変興味深いアセンション(次元上昇)年です。以前畠山常任理事のブログ中にも登場したが物質中心の西洋思想から精神世界中心の東洋思想へのシフトチェンジも進んでくる。私達はどのような2012年を過ごすのか。とても興味深い1年である。

『私にとって操体は宝の地図である3』

前回のブログの中で、快と不快の間を絶えず漂いながらと書いたが、この世の中にある現象はただ単純に快・不快と割り切れるものばかりではない。同じ現象であっても、その受け手の感受性によっては快・不快のどちらにでも受け取ることが出来るものも少なくない。幼いころに親に叱られてとても辛かったことが、改めて振り返ってみると自分自身を形成するための大切な学びとなっていたり、思いっきりケンカした友達と今まで以上に仲良くなったりと、同じ現象が快・不快の両面を持っていることなど珍しくない。登山やマラソンのようにその人自身が他人から見て不快に思えるような事柄であったとしても、当人にとっては気持ちの良く思えていることがあるように、必ずしも感覚のフィルターは同じではないことを理解することも必要である。自分自身の感受性を高めて、すべての現象の中にある快をききわけられるほどの境地に到達したいものであるが、残念ながら私自身は到底その域までは到達しきれていない様である。だからこそ操体を学び続けているのだ。『感謝』という言葉がある。以前、何かの本で読んだ受け売りだが、自分にとって有益な事象に対して感謝することは容易いが、自分にとって不利益なことに対して感謝を感じられることが尊いということが書いてあった。確かに嬉しい時には、黙っていても感謝の念は湧いてくるが、自分自身が不幸のどん底にいる時に感謝の念を持つというのは並大抵の精神性では難しいだろう。しかし昨年3月の震災後世界中のマスコミを驚かせたのが、被災地東北の人たちの不幸の中でも他者への思いやりを忘れない高い精神性であった。同じ日本人として本当に誇らしく思えた。不幸の中でも他者を思いやることができるほどの人間になれば、生きているだけでも極楽を感じられる境地に至れるのかもしれない。日々精進である・・・
プロフィール

操体プラクティショナー 秋穂一雄

  • Author:操体プラクティショナー 秋穂一雄
  • 東京操体フォーラム
    操体療法東京研究会
    社団法人日本操体指導者協会
     認定操体プラクティショナー
    あきほ整骨院院長
    健康維持増進力学研究所
     
    座右の銘?
    「からだの設計にミスはない」

    あきほ整骨院

    〒810−0005
    福岡市中央区清川2-21-22
      カメラの太洋ビル2階

    電話 :092(521)8508
    メール:sorashidou@gmail.com
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