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東京操体フォーラムブログ4月9日分


風立ちぬ 今は秋 帰りたい帰れないあなたの胸に

風立ちぬ 今は秋 今日から私はこころの旅人

福岡出身の永遠のアイドル松田聖子ちゃんの『風立ちぬ』です。

聖子ちゃんはおいておいて、3日目は昨日のラジオ話の続きです。

昨日も書いた私のお気に入りのラジオ番組『ジブリ汗まみれ』の中で

今夏、宮崎駿監督の最新作『風立ちぬ』が上映されると発表されていました。

この映画については特にコメントはないのですが

この映画のポスターに書いてある『風立ちぬ いざ生きめやも』

という言葉が私の耳というかこころにふわっと飛び込んできました。

この言葉は昭和初期に活躍した堀辰雄という作家が同名の小説

『風立ちぬ』の中で引用したフランスの詩人 ポール・ヴァレリーの詩

『海辺の墓地』の中の一節 “Le vent se lève, il faut tenter de vivre” を

堀辰雄が和訳したもので『風が起って来た さあ生きようか・・・いややめようか』

という意味なのだそうだ。

この作品は堀辰雄の自伝的恋愛小説で共に当時不治の病とされた結核にかかった

男女がお互いの恋愛感情の高まりとともに沸き立つ生きることへの欲求と

時間の結果とともに近づいてくる死への恐怖が鮮明に描かれている作品である。

以前山口百恵ちゃんと三浦友和さんが主演で映画化もされているそうなので

とにかく有名な作品らしいが私は全く読んだことがありません。

私が感銘を受けたのはこの『風立ちぬ いざ生きめやも』という

自分の中の生きたいという欲求とそんなに言っても限り在るイノチだし

という諦めに似た心境を共存させた和訳です。

これは何も恋愛に限ったことではないでしょう。

なにかことを成そうとした時に、「よっしゃやったるで〜!」という希望と

「でも失敗したら恥ずかしいしやめとこかな〜。」という相反する感情が出て来ます。

というか元来小心者で劣等感の固まりである私は特にこの感覚は身にしみます。

わかりやすく説明するならば車を運転している時に右足でアクセルを踏み込みながら

もう片方の脚でブレーキも一緒に踏んじゃっているような状態です。

操体的に表現するとすれば快と不快が同居しているような状態。

いや待てよ。不快な症状が在るから快感覚がききわけられるのだから

常に快と不快が同居しているわけで、常に快状態であり続けることはあり得ません。

それと同じくして常に不快な状態であり続けることも困難であって

もし仮に不快な状態が永遠に続いている様に感じられるのであれば

自らが感覚を遮断して快感覚をききわけようとしていないだけなのかもしれない。

僕の頭の中が混沌として来ましたので明日の4日目に持ち越したいと思います。

『快たちぬ いざ味わえやも』


東京操体フォーラムブログ4月8日分



最近ラジオって聞いていますか?


私中学生の頃は毎日の様にラジオの深夜番組を楽しみに聞いていた気がします。
その頃はまだ自分の部屋にテレビが無くて、かろうじてあったラジカセで
ラジオを聴くのが本当に面白かった。たまに葉書とか書いてみたりもしていましたね。
高校生くらいになると親が余ったテレビを私の部屋に置いてくれてテレビも見れる様のなったし
ラジカセが壊れてCDラジカセになり聴きたい音楽はCDを買って聴く様にって
益々ラジオを聴く機会が減って来てしまっていました。


ところが最近になって再びラジオが面白くなって来てしまいました。
そのきっかけはiphoneのポッドキャストというアプリケーションでいつでも
ラジオが聴くことが出来る様になったことだと思います。
このアプリは自分が聴きたいラジオ番組を登録しておけば
聴きたい時にいつでも過去にさかのぼって番組をダウンロードして楽しめます。


ラジオって当然ですけど映像が無いから話している内容を
イメージしようとするととても集中しないといけないんですよ。
ちょっと他のことに気を取られていたら一体何の話をしているかわからなくなる。
でも集中する分聞いた内容がテレビに比べると耳に残りやすい気がするんです。


話をしている人の顔が見えないって云うのも魅力の1つかもしれません。
例えばとても声のきれいな女性のパーソナリティーがいたとして
こんな風にきれいな声の人だから、細身で色白できっと髪は長いに違いないとか
勝手な想像を膨らまして勝手に楽しむことが出来るんですよね。
そんでもって実際にイベントなんかで実際に会ってみると全然違ったりして。


橋本敬三先生もNHKのラジオとテレビにそれぞれ出演されていますが
私の個人的な思考の問題ですがやっぱりラジオの人生読本の方が好きです。
テレビの『温古堂診療室』も生前の橋本先生を知らない私達世代にとっては
橋本先生の姿を知るとてもためになる資料では在るのですが
人生読本『人間の設計』の様な強いメッセージ性は感じられません。


人生読本は15分の3本で合計45分間橋本先生が操体哲学を
独特の東北なまりで説明してくださっているのですから内容は濃いです。
『人間の設計』も『温古堂診療室』もNHKエンタープライズから出ている
『DVD 操体法 橋本敬三の世界』の中に修められているので
いつでも聴くことが出来る様になっています。


ちなみに私が今はまって聴いているラジオ番組は東京FMで放送されている
スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんの『ジブリ汗まみれ』という番組です。
この鈴木さんがジブリの宮崎駿監督や高畑勳監督の話をしている様子を聴いていると
この両人の仕事に対しての向き合い方や哲学が橋本先生や三浦理事の話と繋がる気がするのです。
どんな世界でもその道を究めようとする人の生き様というのは本当に魅力的です。

東京操体フォーラムブログ4月7日分

『ビューティフル・ドリーマー』

秋穂です。4月も2週目に入り、うちの長女の小学校も長男の幼稚園も新学期が始まりました。気候もすっかり暖かくなり、睡魔との闘いに忙しいこの頃ですが、1週間ブログを担当させていただきますので宜しくお願い致します。

2、3日前の新聞に『脳の活動を解析することによって夢の内容の70%が的中した。』という内容の記事が載っていました。あらかじめ機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)という装置で脳の活動を監視しておいて夢を見ていると思われるレム睡眠に入ったタイミングで被験者を起こして夢の内容と脳の活動を照合して夢の内容と脳の活動に関連性が見つかったとのことらしい。

人が気持ちよく眠っているところを叩き起こして「今何の夢を見ていましたか?」なんて本当に迷惑な実験ですね。被験者さんも仕事とはわかっていても「今折角夢の中でいいところだったのに・・・」と悔しい思いをしたに違い在りません。

そういえば先日夢の中で非常に興味深い経験をしました。

その夢の中で私はひとりの女性と川のほとりを歩いていました。私達はその川を渡ろうと細い橋を渡ろうとするのですが、その女性が誤って橋から落ちてしまうのです。その夢に出て来た女性は以前私の院に来院されていた患者さんでした。私自身夢はよく見る方なのですが、この夢は朝目が覚めてもとても鮮明に覚えていたので後日その女性のご家族に「先日、夢の中で橋から落ちる夢を見たのですが・・・」と確認してみると、ご家族の話では私が夢を見た時期とほぼ同時期に買い物中にショッピングカートで胸を打ちつけて怪我をしてしまったのだということです。

たまたまなのですが、丁度同じ時期に夢に出てくるなんて面白いと思いませんか?

夢の解析によって精神分析を試みた19世紀の精神分析学者ジークムント・フロイトは
「夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。」
という言葉で夢は無意識下においての欲求の自己表現であると説明しています。
とすると・・・この夢はちょっと問題があるのではないかと思いますが
もし夢が人間の精神を表す窓なのだとしたら、益々その夢の内容を明らかにすることよりも
その人が楽しく幸せになれるような夢を見る為の方法でも研究してもらった方が
研究の価値があるのではないでしょうか。

それでは皆さん素敵な夢をお楽しみ下さい。

東京操体フォーラムブログ 20120714

『運動系の力学と心身の健康』

一週間のブログも本日が最終日となりました。橋本先生の『失われた一文』の意味を探して一週間書いて来ましたが、最終日は精神機能と運動系の関係性についての文章を見て行きたい。そしてこの文章を読み勧めながら橋本先生の『失われた一文』が前出の文章だけではないことにも気がついたので後ほど紹介したい。

この頁では姿勢が健康に関係してくるということを様々な例を挙げながら解説している。この中で特に注目したいのが以下の文である。

運動系の歪みは、軟組織の刺激でも矯正されて、異常感覚や内蔵機能異常の回復にも役立つのであるが、硬組織の矯正運動でも整復され得るのである。だから、医家以外に体育家の場において、健康増進への貢献がなし得るものであることを、声を大にして主張したいのである。民間の治療師は他動的暴力を用いて矯正するものが多いが、自動的無痛な合理運動をもって指導することも可能なのである。それがためには、ぜひとも私の言う「運動系の秘密原則」を理解していただきたいのである。(ちなみにこの文章は『生体の歪みを正す』から引用したものであるが、「からだの設計にミスはない」では「運動系の秘密原則」の部分が「運動系の秘密7原則」と書いてあった。この部分にも後ほど触れて行きたい。)

この中の軟組織というのは、私達のからだを構成する結合組織から骨をのぞいた筋肉(一般的な運動器としての筋肉を指す横紋筋と内蔵や血管を構成する平滑筋)、末梢神経、血管、脂肪のことであり、硬組織とは骨のことである。上記の様に筋骨格系の歪みを矯正することで、からだに生じた異常感覚や内蔵機能の低下から引き起こされる諸症状の改善が期待出来る。これは柔道整復や鍼灸、按摩マッサージ指圧、その他民間療法の治療院が一般的になり認知されている現在においては一般的になって来た考え方であるが、明治維新以降の東洋医学が禁止され西洋医学が一辺倒であった日本の医学界においては、戦後東洋医学が一部解禁なったとはいえこの文章の書かれた昭和35年当時であればかなり異端な考え方であったに違いない。それも西洋医学の医師である橋本先生が、医師に任せっきりにするのではなく、体育家に広く健康増進への関与を訴えていると云うのは、誠に痛快な文章である。私の祖父は戦前より柔道の師範を生業としていて、戦後、柔道整復師としてほねつぎを開業した人なのだが、その祖父が「日本伝統の武道によって 体力、気力(心)を増進し世の進運に寄与しよう」という言葉を残している。もともと武道にはからだ育てという本来の体育の目的が有ったことが読み取れて興味深い。果たして私を含めた今の柔道整復師に体育家としての自覚が有るのかは甚だ疑問では有るが、柔道整復師としてのアイデンティティーを失わないためにも再確認しておきたいものである。そして橋本先生は運動器の歪みの矯正に必ずしもマッサージや指圧、カイロプラクティックなどによる徒手整復の必要性がないことを明言している。操体法は確かに臨床の場で用いられる治療法では有るが、その前提にはからだの動かし方と使い方という身体運動の法則への深い理解が必要であり、操体の臨床を通すことによって不自然なからだの使い方をしていたものが、自然法則に則ったからだの使い方を獲得して行くという為の体育と行っても間違いでは無いように感じられる。そしてそれは必ずしも臨床の場が必要な訳でもなく、健康維持増進を目的とするのであれば(症状疾患を抱える程のからだの歪みを抱えている場合は臨床家の介助が勿論必要になって来るのであるが・・・)橋本先生の残した「運動系の秘密原則」を理解することでも、日常的なからだのケアは可能になってくるということである。ではこの「運動系の秘密原則」とはなんで有ろうか。参照としてあげてある「異常感覚と運動系の歪み」を見てみよう。

『運動系の秘密な原則』

運動系の秘密でない原則

1、運動作用をなす
2、全身の支持作用をもつ
3、中枢神経や内蔵などの重要器官の確保作用をもつ

そして、それ以外の秘密な原則

1、運動系は、全系統的に相関連動装置になっている
2、局所だけを診ずに全体を診なければならない
3、運動系の歪みは逆モーション誘導法によって矯正される
4、逆モーション誘導法は自力自動でも可能である
5、運動系はからだの中心である腰に集約される様に使う
6、からだの中心に集約した動きはからだのアンバランスを調整する
7、運動系は重心がかかった方が伸展する
8、運動は必ず呼気もしくは呼気を止めておこなう

以上の運動系の原則を守りながらからだを使うことでからだはより美しくより効率よく使うことが可能となり、パフォーマンスも上がるし、疲労も軽減され、故障も減るのである。福岡ソフトバンクホークスの選手達に是非実践していただきたいものである。というかホークスのトレーナー諸君操体を学びたまえ、そうすればホークスが常勝チームになることに疑いの余地はない。あと勿論アビスパ福岡もJ1への再昇格を目指すのであればトレーニングに操体を取り入れることをお勧めする。是非東京操体フォーラムもしくは一般社団法人操体指導者協会まで連絡をお待ちしている。

ここまで橋本先生の『失われた一文』の謎を求めて、『健康に関する四つの場』を読み直してみた。しかし、残念ながら私には何故有るはずの文章が何故記載されなかったのかを理解することはできなかった。そのかわりに今回改めてこの作業を進めて行く内に、以前この本を読んだ時には、気にしていなかった文章が改めて浮き上がって来たり、その時には私が持ち合わせていなかった知識を現在理解したことでより文章の解釈の仕方が変化したりと、私自身の学びの中では大変貴重な経験をさせていただけた様に思う。もしかしたら橋本先生は文章の中で今も生き続けていて、回数を重ねて読んで行くごとに、新しい気付きを与えてくれる。今回の私の様な疑問をもち、改めて文章を文章を読ませることを見越して、あえて文章の形態を変えたのかもしれないなどと楽しい想像も膨らんだ一週間であった。

一週間の間お付き合いいただき誠に感謝いたしております。また次回のブログの出番までに、操体の学びを深めて行ける様に精進して行きたいと思います。では皆様アディオス!

東京操体フォーラムブログ 20120713

6日目は機能に引き続き「こころ」と「からだ」の関係性についての続編である。昨日は「やっぱりこころとからだは切り離しては考えられないものなのだ。」と云う内容であり、今日はそれに続く「それではこころとからだの調和を如何に取っていけばよいのか。」を読み進めてみたい。ここはついに問題の『消えた一文』に結び付くページである。きっと問題解決の糸口があるに違いない。

まず読み始めてすぐに目につくのが、キリスト教や仏教を題材にした信仰のチカラ、そして橋本先生がシベリア抑留中にソ連で触れた共産主義と唯物弁証法、そして私たち日本人にはなじみ深い古事記の日本の国産みの物語が紹介してある。橋本先生は『哲学する医者』であると言っても過言ではないと思うが、その思想的・哲学的に一治療家を越えた哲学者であった。現在、操体法は病院や治療院で用いられる治療法としての『操体法』と橋本先生の治療理念や思想・哲学など生き方の自然法則をも含む『操体』に分類されている。これは操体法が一治療技術にとどまらず、人間の生き方の自然法則の学びを得るための学問であるが故である。

橋本先生の文章自分なりに解釈してみると、日本にも古くから言い伝えや迷信、おまじないの類が数多く残っている。島根の福田先生曰く「島根では操体よりもおまじないの方が治療としてはポピュラー」なのだそうだ。今でも困った時の神頼みとばかりに受験シーズンになると学問の神様・菅原道真公を祭る太宰府天満宮には志望校絶対合格という目が血走った受験生が大挙して押し寄せてくる。そんな暇があるならば自宅で英単語のひとつでも覚えたほうが合格は近づくと思うのであるが、私も勉強していないのを棚に上げて合格を祈願した口なので人の事は笑えない。ただ太宰府天満宮の参道にある太鼓橋をカップルで渡るとそのカップルは別れるという迷信は私の経験上事実であると報告しておきたい。彼女ができた受験生諸君、調子に乗って「一緒に大宰府にお参りに行こう!」なんて言っていたら、志望校には合格しても彼女は必ず君の元を去っていくことでしょう・・・あしからず。私が肺炎のときに飲んだお不動様のお札もこの類である。プラシーボ効果と云うものも同じだとは思うが、これが私を救ってくれる魔法の薬なのだと信じられれば、何の変哲もない砂糖の塊りにも人の命を救う力が宿るのかもしれない。

また今回のブログ2日目の『食』の回にも出てきた唯物弁証法がここでも出てきている。『万物運動の起源は、物に内在する矛盾から生じる。』ということらしい・・・? あらゆるものには相対する矛盾、陰と陽、プラスとマイナスがあり、これらが互いにプラスがマイナスに、マイナスがプラスにと流れて行くことで現象が動くということらしい。確かに水は高いところから低いところに流れるし、電気はプラスからマイナスに流れる。しかし、なぜお金は金持ちにばかりに集まって、貧乏人には寄ってこないのだろうか?お金持ちから貧しい人にお金が流れてきてもおかしくななさそうなのに・・・矛盾を感じる。

しかし、橋本先生はこの唯物論を知った時、「ピーン」とひらめいた。これは東洋の考え方の方が、一段上等なことに気がついたのである。東洋哲学では、万物を陰と陽のふたつの異質の性質が常に流動しながら、上手くバランスを保っている。陰極まれば陽になるし、陽極まれば陰になる。落ち込んでいるから飲みに誘って、飲み始めると元気になってくるが、調子に乗って飲みすぎると気持ちが悪くなるのに似ている・・・けどたぶん違う。陰と陽は常に流動的に流れながらも上手くバランスを取っている。この調和した状態である陰陽未分の一なる存在を『太極』と呼ぶ。この太極が万物発祥の源だという。陰が女性で陽が男性、お互いが上手に相手を支え合いながら交わっていくとそこに愛が生まれる。その愛こそが万物発祥の源であるといってもも今度は間違いではなさそうである。太極は無極無限であり、陰も陽も全てを貫通する無限の存在である。そして問題の消えた一文の箇所に入る。

『そして生命現象の生物の組成を逆に考えてみるならば、生物の世界は有機の世界から生まれる。有機は無機の世界から、無機の原子は素粒子より成り、素粒子はエネルギー波動の世界より生じ、波動は陰陽二極の世界から起こる。陰陽なる性質の決定は、無限なる太極の意志である。』私たちの肉体はなんで出来ているのか、私たちのからだを燃やすと炭が残るので有機物である。しかし、そのからだも原子レベルに分別してみると無機物の集合体で出来ている。この無機質は物質の最小単位である素粒子より出来ている。素粒子同士はエネルギー波動によって引きあわされていて、このエネルギー波動は陰陽二極の世界から生まれる。そしてこの陰陽というエネルギーの決定は無限なる生命の意志によって決定されるというのである。さすがにちょっと難しい。

『この太極は生物から見れば第7の天になっている。各世界には、ひとかわ上の世界が入り込み、また各世界には第7天の太極が普遍貫通していることになる。現象界に入り込んでいる理念も、元始無限界の理念も、同格同質のものである。』

これは 生物を1としてみてみると 1.生物 2.有機物 3.無機物 4.素粒子 5.波動 6.陰陽 7.太極 太極は7層上の階層にある。そして 有機物は生物を作っているが、有機物は無機物から出来ているというように上下一階層に影響を及ぼす。そして無極無限の存在である太極はそのすべての階層を突き抜けて関与しており、全ての階層は優劣があるわけではなく同格同質の存在である。以前読んだ本に米国のリチャード・ガバーという医師の書いた『バイブレーショナル・メディシン』という、どうしようもないくらいに分厚い本がある。私は嘘が嫌いなので、正直に言うと、あまりにも分厚過ぎてまだ読み切ってすらいない。もうかれこれ10年くらい前に買ったのに・・・(それほど分厚いのである。)この本はホメオパシーや鍼灸・気功などのエネルギーや波動を用いた医学についてまとめた本で、「波動か~、面白そうだな。」と手に取った私の知識レベルでは到底読みこなすことが出来ないほどの上等な本である。この中にエネルギーや波動が影響を与える『周波数』の階層についての記述があった。この中でも私たちのからだは7つの階層に分類されていた。その7つの階層というのは 1「物質界」 2.「肉体/エーテル体接触面」 3.「エーテル界」 4.「アストラル界」 5.「メンタル界」 6.「コーザル界」 7.より高次の霊的エネルギー界」というように分類されている。これらの詳しい内容についてはノータッチにするが、いちばん低層が私たちの肉体である「物質界」で最も高等なのが「霊的エネルギー界」という全ての階層に関与するエネルギーであるというところは偶然にも一致するのが面白い。恐らくこれも表現の仕方は違っても『太極』を表しているに違いない。

『現象以前の理念の人間は大生命そのもの、という縦の真理と、現象界は唯心の所現という横の真理がある。』

私たちの潜在意識には全ての物事を具現化していく力があって、芯から良いことを思えば良いことがやってくるし、芯から悪いことを思えば悪い出来事が降りかかってくる。橋本先生は「言葉は運命のハンドル」という言葉も残してくれているが、それと同義であろう。これを毎日「ありがとう」「愛してます」という言葉を奥さんに話しかけていたら、笑顔いっぱいの明るい家庭になっていくけど、「ばかやろう」とか「寝っ転がっていないで掃除しろ」とか波動の洗い言葉を口にしていたら不幸せな家庭になってしまうということだと解釈した私は内のハニーに(我が家では奥様をこう呼んでいる。)「いつもありがとう。愛しているよ。」と話しかけてみたら、何か下心があるのではないかと、かえって怪しまれてしまった。良いこともただ気まぐれでやるのではなく、誠心誠意気持ちを込めて、口にすることが大切なようだ。
プロフィール

操体プラクティショナー 秋穂一雄

  • Author:操体プラクティショナー 秋穂一雄
  • 東京操体フォーラム
    操体療法東京研究会
    社団法人日本操体指導者協会
     認定操体プラクティショナー
    あきほ整骨院院長
    健康維持増進力学研究所
     
    座右の銘?
    「からだの設計にミスはない」

    あきほ整骨院

    〒810-0005
    福岡市中央区清川2-21-22
      カメラの太洋ビル2階

    電話 :092(521)8508
    メール:sorashidou@gmail.com
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